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スポーツ整形外科

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肩関節前方脱臼に対する手術

はじめに

肩関節前方脱臼は、上腕骨頭が関節の受け皿である関節窩から前方に脱臼する状態で、脱臼を防ぐ靭帯である関節上腕靭帯がうまく働かなくなることによって生じます。その原因としてはこの付着部である前方関節唇が関節窩から剥がれてしまうこと(バンカート病変)が大半ですが、その他に靭帯そのものが切れたり、上腕骨頭から剥がれたりすることもあります。10代や20代の若いスポーツ選手の場合、始めて脱臼した後、反復性(いわゆる脱臼ぐせ)になる確率は80-90%とも言われています。筋力をきたえたらよいという話もよくありますが、タックルや人を投げるような姿勢、投球動作など、手や肘が自分の体のうしろにくるような姿勢をとると、脱臼は防げません。また、いくら筋力があってもスポーツ活動では相手が大きかったり、勢いがついていたりすることも多いため、なかなか防げるものではありません。初回脱臼の際には、三角巾で3週程度の固定をすることが多いですが、これについても効果は疑問視されており、最近は別の方法での固定(外旋位固定)も行われることがあります。
また、画像診断の進歩により様々なことが新たにわかってきています。術前には関節唇や関節上腕靭帯の状態を詳細に評価するため、特殊な肢位でのMRI撮影を行います。ケガの後、痛みだけが続いているような場合など、普通のMRIではわからないような微妙な損傷でも診断が可能です。また、CTで3D画像を作ることにより骨の状態がよくわかります。男性のコンタクトスポーツ選手などは本来抜けにくいにも関わらず抜けるわけですから、関節窩や上腕骨頭に骨折が頻繁に発生しています。亜脱臼だけでも何回も繰り返すことにより、骨が大きく削れている事も少なくないので、CTによる検査は非常に重要です。肩の脱臼はクセになるまで、様子をみていても大丈夫と思われていますが、初回脱臼であっても、骨折がみられたり、今後反復性に移行する可能性が高いと考えられれば、手術をすすめることもあります。
手術は関節上腕靭帯の機能を再建することになりますが、われわれは大半の症例を関節鏡という内視鏡を用いて行っており、多くは剥がれた関節唇を修復します(バンカート修復術)。関節唇は関節窩に完全にくっついていることもありますが、多くは本来の部位ではない所にくっついているため、靭帯がゆるみうまく脱臼を防いでくれない状態になっています。くっついた関節唇を一度はずし、スーチャーアンカー(これを骨の中に挿入すると、そこから糸が出てきます)を何個か使って、ゆるんだ靭帯にも緊張がかかるように修復します。また、骨折が見られても多くの場合、折れた骨がバンカート病変とともに残っていますので(骨性バンカート病変)、バンカート病変とともに骨折部を同時に修復します。しかしながら、脱臼を長期にわたって放置していると、骨折した骨がなくなっている場合もあり、バンカート病変のみを関節鏡で修復しても再脱臼率が高いため、その場合には7-8cm程度の皮膚切開を加えて手術を行うことがあります。烏口突起という手術部の近くにある骨を切り離して、関節窩の骨が大きくかけている部分に移植しています。この手術の時にも関節鏡を利用し、より正確に骨を移植できるようにしていますし、同時にバンカート修復術も行います。

手術の危険性・合併症

入院は手術前日の午後で、少なくとも手術後2日目の夕方までは入院して頂きます(4-5日間)。手術は主に関節鏡で行うので、肩の前に1cm程度のキズが2つ、後ろに1つできます。手術後には、服の着脱がしにくいので、なるべくソデがないか、短い下着を準備してください。寒い場合には、上から羽織りますが、なるべく前あきの服を用意してください。水でぬらさなければ、手術後2-3日で三角巾でつったまま、シャワーは可能です。
(再脱臼)再脱臼率は10%前後ですが、スポーツ種目によっても異なります。若いコンタクトスポーツ選手の場合(特にラグビー)は関節鏡手術だけでは再脱臼の危険性も高いので、術前検査の結果によっては骨の移植もすすめることがあります。また、関節鏡手術でもバンカート修復以外に、何らかの追加補強処置を加えています。ラグビー選手については、タックル姿勢が脱臼を繰り返すことにより悪くなっていることが多いので、術後再脱臼予防のため、手術前にタックル動作の動画撮影によるチェックを行っています。術後にも正しいタックル姿勢の指導を行い、復帰前にもう一度タックル動作をチェックします。
(可動域制限)肩の動き(可動域)は少し悪くなる傾向があります。特に肩の外回し(外旋角度)が小さくなりがちですので、特にスローイングスポーツの場合術後早期からの積極的な可動域訓練が必要です。
(疼痛の遺残)痛み(特にうしろ)が残ることがあります。動きの悪い場合に残りやすい傾向があります。
(神経・血管損傷)肩の周りには神経や血管がたくさんあるので、それをいためる可能性があります。多くの場合は、手術後2日くらい指先がしびれる程度です。出血により輸血を要することはほぼありません。
(感染)関節は基本的に菌がいないところなので、手術で菌が入ると大変です。当院では肩の感染例はありませんが、手術後2日目までは抗生物質の点滴を行いますので、その間入院が必要です。1週後の抜糸時に、感染していないかの血液検査を行います。
(将来的な変性)手術をすることにより、将来的に変形が出ることがあります。長年脱臼を放置していた人や年齢の高い人にはもともと変形があることが多いですが、これが悪化する可能性もあります。術後レントゲンやCTでチェックが必要です。スポーツをやめても、痛みなどが出ればきちんとチェックが必要です。
(骨癒合不全)骨の移植手術を行った場合、骨が完全につかないことがあります。また、移植した骨が骨折したり、吸収されてなくなる場合があります。また、骨性バンカート修復術の場合、骨が完全にくっつくとは限らず、また、通常の骨折の手術後と比べ骨が完全にくっつくまで少し時間がかかることが多いようです。しかしながら、骨が完全につけば、再脱臼はほとんど発生していません。
(スクリューの折損)骨を移植した際に使用するスクリューが抜けてきたり、折れてしまうことがあります。骨がくっつかない場合にこのようなトラブルが多い傾向があります。

術後の経過

年齢やその他の条件により多少差はありますが、関節唇が修復されるまで約3ヶ月かかりますので、この間は過度の負担がかからないようにしつつ、可動域の回復に努めることが大切です。その後、本格的な筋力訓練を開始しますが、筋力を十分に回復させるのにさらに3ヶ月を要します。また、修復した関節唇が十分な強さに戻るまでも術後6-8ヶ月はかかります。コンタクトスポーツ選手の場合、術後6ヶ月からコンタクト練習を再開し、術後8ヶ月からの試合復帰をすすめています。また、骨折した骨を修復した場合や骨の移植を行った場合のスポーツ復帰は、CTで骨がくっついたかを確認してから許可します。
手術直後は動きのチェックのためにほぼ毎週診察をしますし、頻繁にリハビリに来ていただく必要がありますが、徐々に1ヶ月、2ヶ月間隔の診察となります。しかしながら、肩の再脱臼は術後2年以内に発生しやすいとされており、最低2年以上の経過観察が推奨されています。術後1年で定期的な診察は終了することが多いですが、必ずしもその時点では脱臼しなくなったかはわかりません。また、関節の変形はいつ起こってくるかはわかりませんので、定期的な受診をおすすめします。

(文責:行岡病院スポーツ整形外科部長 中川滋人)